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聖書の学び メッセージ > 聖書の学び
聖書の学び
Title
   第23課「神に喜ばれる信仰の五段階」  
Speaker
   堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
   
Date
   2015-06-26


読むみことば: 第一ヨハネ3:21_22
覚えるみことば: 第一ヨハネ3:21
参考にするみことば: マルコ16:17_18
教育目標: 神に喜ばれる信仰の五段階の特徴と天国の場所について調べてみる。


神をこの上なく愛する信仰の四段階で次元がさらに深くなれば、神に喜ばれる信仰の五段階に至るようになります。これは神をこの上なく愛して命令に従う次元を超えて、神のお心とみ思いを推し量って心から完全に聞き従うので、神に喜ばれる信仰です。それで、信仰の五段階を「神に喜ばれる信仰」と言います。



1. 神に喜ばれる信仰の五段階


子どもたちが親を愛していると言っても、その言葉に100%聞き従う場合はあまり多くありません。ある子どもは全く逆らったりぐれたりし、ある子どもはしなさいと言うからいやいやながらします。あるいは、心から湧き上がるような従順ではないが、子どもの道理に従って服従する子どももいます。
まことに親を愛している子どもはその言葉に聞き従って、親の心を痛めないで安らかにします。親への愛がこれよりまされば、親の心を推し量ってその心にぴったり合うように従います。ですから、どれほど親の心がうれしいでしょうか。
同じように神も「しなさい、してはならない、守りなさい、避けなさい」と言われたとおり完全に聞き従う子どもがこの上なくかわいいいのです。しかも、神の深いお心とみ思いまで推し量って行うなら、この上なく喜ばれるでしょう。
このように信仰の五段階は神が命じられたとおり従うだけでなく、「なぜそれを命じられるのか」神のお心とみ思いを推し量って、命じられたこと以上にあふれるばかりに従います。ある一瞬だけそのような行いを見せたり、たまに濃い愛をお伝えしたりするのではなく、一日24時間ずっと神に喜ばれようとする心です。そのような姿が10年経っても、100年経っても変わることがなく、むしろ優れていくばかりです。
信仰の五段階に至って全く聖なるものとされれば、神に何を求めようが直ちに答えられ、心に抱いたことまでも答えられます。すべてのことに悟りの道が見えて、どんな病気やわずらいも隙をつきません。他の人の病気やわずらいも直して、悪霊も追い出します。霊的な権威があるので、闇の勢力が害を加えられません。敵である悪魔・サタンが訴えるような罪と悪がないから、試練や患難をもたらすことができないのです。



2. 信仰の五段階の特徴

第一に、いのちを捨てるまで完全に従う信仰です。
信仰の五段階は神をこの上なく愛してみことばに完全に聞き従う段階を過ぎて、神の深いお心とみ思いを推し量って、それに合わせて行う次元です。不可能なことを命じられても、神のみこころならただ「はい」と「アーメン」だけを言い、いのちをささげて従います。信仰の四段階でも神のためにいのちをささげることができますが、神のみこころを推し量って従う信仰の五段階とは違いがあります。
たとえば、お母さんが会社に行く支度をしながら子どもたちに「お母さんが帰って来る時までに掃除をしておきなさい」と言いました。この時、ある子どもはいやいやながら掃除をする一方、優しい子どもはお母さんを愛してうれしい心で隅々まで心を込めて掃除をします。
これよりもっと心の良い子どもは「お母さんが仕事をして帰って来れば疲れているはずだが、何かもっとやることはないかな」と調べます。つまり、掃除だけでなく、言いつけられなかったことまで見つけてやっておきます。このような子どもを持った親はかわいい程度を超えて、とても誇らしくてうれしいでしょう。
神との関係も同じです。信仰の四段階では罪と悪がなくて神をこの上なく愛しているので、何が何でも従いますが、神の深いお心まで推し量って従うには足りないところがあります。しかし、信仰の五段階は命じられたとおり従うだけでなく、なぜこう言われたのか神のお心とみ思いを推し量ってあふれるばかりにするので、父なる神の喜びになるのです。

第二に、数えきれない祈りを積んで、不思議としるしを行います。
真理が心の中に満ちていて、全き信仰を持てば、神が喜ばれるみこころに従って生きていこうと、数えきれない祈りを積むようになります。また、数多くの人々を神のふところに導ける神の力を授かるために祈ります。
熱い愛の心を持って火のような祈りを積むとき、不思議としるしが現れます。イエス様は「あなたがたは、しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない。」(ヨハネ4:48)と言われました。そして、公生涯の間、驚くべきしるしと不思議を行って生ける神を証しながら、数えきれない人々を救われました。
私たちも信仰の五段階で火のように祈って神の力を授かれば、不思議としるしを行えます。<マルコ16:17_18>に「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」とあるように、しるしが現れます。このような証拠を見せるとき、人々の思いが打ち砕かれて心の戸が開かれ、救われるみわざが現れるのです。

第三に、全家を通じて忠実です。
<民数記12:3>に「さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。」とあり、7節には「しかしわたしのしもべモーセとはそうではない。彼はわたしの全家を通じて忠実な者である。」とあります。
出エジプトの指導者モーセは地上のだれにもまさって非常に謙遜であったし、全家を通じて忠実で神に喜ばれる信仰の五段階にいました。全家を通じて忠実であるとは「自分のすべての使命を完全に果たすものの、あらゆる分野で与えられる代価以上に十分にやり遂げること」を言います。
私たちは信仰生活をしながら、いろいろな使命を任せられるようになります。使命の中には重要に見えて人々に認められる使命もありますが、うわべに現れない使命もあります。ところが、自分に任せられたすべての分野で心を尽くして果たすことが、まさに全家を通じて忠実であることなのです。
信仰の五段階、すなわち、全く聖なるものとされた人は大きかろうが小さかろうが神が下さったすべての使命を大切に思うので、最善を尽くします。いくら多くの使命を持っていても、おろそかにすることのないようにあらゆる分野で忠実であって、実を見せます。これは完全なお方であるイエス・キリストの心を持っているからです。



3. 最も栄えある新しいエルサレム

聖なる都、栄光の都と呼ばれる新しいエルサレムには神の御座があり、夫のために飾られた花嫁のように整えられた、まことに美しいところです(黙示録21:2)。新しいエルサレムの城壁は碧玉で造られ、土台石はあらゆる宝石で飾られています。東西南北の四面にはそれぞれ三つずつ、計十二の真珠門があり、門ごとにひとりの御使いが守っています。
新しいエルサレムの家は二階建てで、純金と宝石で華やかなことこの上なしです。三天層の家も純金と宝石で造られていますが、新しいエルサレムとは違いがあります。新しいエルサレムには非常に多様な種類の宝石があり、それぞれの宝石から二重、三重の光を放ちます。家の主人が全く聖なるものとされた程度の深さと忠実に働いた功労に従って、行跡と好みに従って特色があって多彩です。家を取り巻いている栄光の光と飾られている宝石だけを見ても、その家の主人がどれほど神に喜ばれたのかわかります。
信仰の五段階に属する聖徒が入る天国がまさに最も美しい天国、新しいエルサレムです。ここでは池、庭園、動物園、ゴルフ場、舞踏場など、ほしい施設が全部個人の所有として与えられます。また、雲の自家用車も個人の所有としていただきます。神は私たちがこの地上でやりたくて、持ちたかったけれど、主のためにあきらめたことを覚えておられ、新しいエルサレムで慰めと報いとして下さるのです。
基本的に金の冠と義の栄冠が与えられ(黙示録4:4、第二テモテ4:7_8)、その他に多くの冠が与えられます。また、御使いたちは主人が何をしようが影のようにつき従ってくれて、主人が望んでいることを知って仕えます。仕える御使いの数も、全く聖なるものとされた深さの程度によって違います。
ですから、神の子どもらしく心を聖め、全家を通じて忠実であって、神に喜ばれる信仰を所有し、毎日さらに深い次元へと成長して、新しいエルサレムで太陽のように輝く栄光の中にとどまりますように。



* まとめと適用

1. ( )の中に正しい言葉を入れてください
信仰の五段階は神に( )信仰である。

2. 信仰の五段階で所有できるものを選んでください。
①いのちの冠 ②金の冠 ③二階建ての住宅 ④新しいエルサレム
⑤全く聖なるもの ⑥一階建ての住宅 ⑦雲の自家用車 ⑧朽ちない冠

3. 信仰の五段階の特徴です。( )の中に正しい言葉を入れてください
第一、( )を捨てるまで完全に( )ます。
第二、数えきれない( )を積んで、不思議と( )を行います。
第三、( )を通じて忠実です。

4. 信仰の五段階ではどんなしるしが伴うでしょうか。

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* 今週の課題

次回からは「六日間のマナ・下」シリーズを学びます。<第二コリント10:5>と<イザヤ55:8_9>を読んで、神様の思いと人の思いの違いについて考えてきましょう。



* 「用語」を知って力にしましょう

「全く聖なるもの」とは
悪はどんな悪でも避けて、心の中に完全に真理が満たされた状態を言う。つまり、神のかたちを完全に回復した姿である。神に喜ばれる信仰の五段階であって、あらゆる分野で完全に忠実であり、霊がたましいを完全に支配して治める次元だ。全く聖なるものとされて火のように祈れば、神の権威と力が伴う。

 
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